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I hate right wing. [1年生のとき]

今日は英語のカテゴリーですが、英語の学習からはちょっと離れます。いまのブログのテーマは政治ではありませんし、古くからの読者の方は私の政治的スタンスについてわかっておられると思いますので詳しくは書きませんが、近々実施される選挙については強い危機感を持っています。特に憲法について将来的に、戦争の肯定と基本的人権が大幅に制限される可能性があることを危惧しています。

しかし、大学人やインテリさんの傾向(あくまでも傾向です〜)として、物事に簡単に白黒をつけず、AとBが全く相反する主張であっても「AにもBにも納得できるところがある。したがってどちらかに決めるのは片寄ってしまう」という態度を取ることが、「バランスの取れたものの見方であり、学問的なのだ」と潜在的に考えている印象を受けます。確かに自然科学などについては、裏からも表からも検証することが必要なのでその通りだと思いますが、社会や政治についてはある臨界点を越えるとそれは成り立たない・・・と私は思います。

もちろん普通の人であっても、あまり声高に何かを主張するとかえって引いてしまい話を聞いてもらえないということは教育基本法以来、痛いほど感じています。

そこで私は学校でも職場でも政治の話題はほとんど出さないし、もしそういう話題になったら相手が何をなぜそう考えるのか?を聞いて、矛盾点があればディスカッションすることにしています。

さていつものように前置きが長くなりましたが、いま話題の政党のうち複数のものは極右政党であると思っています。しかし、そういう「決めつけ」をすると最初から話を聞いてもらえなくなると警戒しているので、口には出していません。

ところが今日の英語の授業でのこと。ヨーロッパのいろいろな国の血が混ざっていて、自ら「ヨーロッパ人」と名乗っているネイティブの教官がいます。学習の一環として、授業の最初に学生と近況報告し合う会話タイムを作っています。アウトドア、読書、旅行、音楽、温泉ととてもアクティブで多趣味な方で、いろいろなことに造詣が深く、ふだんはそういう話が多いのですが、今日ははっきりとタイトルの"I hate right wing."とおっしゃいました。話のきっかけは政治のことではなく、三島由紀夫の作品のことから波及したのですが・・・。

メディアは私が考える極右政党にも決してそういう言葉は使わないようにしているようです。ゆえに、多くの国民も使いません。大学人やインテリさんたちは白黒をつけたがりません。普通の人たちはメディアの主張する論調でないとなかなか反応してくれません。そのなかで、この発言は私のなかにたまっているものをわずか4語で表現してくれたようで、とてもスッキリしました。

"Me,too."と言いたかったのですが、会話の相手は他の学生さんだったので、その場は普段通り黙って聞いていました。みんなもっとはっきりと政治や社会問題について自分の考えを言い合って、口げんかに近くなってもいいから話し合いたい。改めて実感した今日の一言でした。

フィリピン語2つめの山を登り中!(今日は1つめを簡単に説明) [1年生のとき]

フィリピン語は日本人にとって習得しやすい言語のなかに入ると思います。
アルファベットを使いますし、発音も素直です。英語とスペイン語由来の単語が多いので、類推もしやすいです。

しかし、そんなフィリピン語(英語でFilipinoなので私たちはピノ語と言ってます。かわいいでしょう☆)ですが、習得にはいくつかの山場があって、一つめは「前接語を伴う場合の語順」です。ピノ語でいう前接語とは、「文頭の単語や句に後置し、2番目の語順をとる役割をする単語」です。これだけではよくわかりませんが、人称代名詞のかなりのものと、日本語でいうと「もう」「まだ」「〜でさえ」「本当に」「だけ」「〜だそうだ」など文に細かいニュアンスを加える単語です。「2番目を取る」だけならいいのですが、前接語間の順番にもきまりがあってちょっとややこしいのです。

これは前学期、ブログに書く暇もなく過ぎてしまいましたが、今でも苦労はしています(笑)。
今回の本題ではないので、例を一つだけ挙げておきます。

ピノ語は日本語とは逆に原則として述部が前、主部が後ろにきます。
そこでKaibigan ko si Rudy.という文を考えましょう。 
kaibigan(カイーガン)は「友だち」、ko(コ)は「私の」、si(シ)は固有名詞を主語にするときのマーカーです。ので、この文は「ルディーは私の友だちです」となります。

ここでこの文を否定文にします。
そのためには、notに当たるhindi(ンディー)という語を文頭につければいいのですが、
Hindi kaibigan ko si Rudy.とはなりません。
Hindi ko kaibigan si Rudy.とkoが2番目を取ります。

ではRudyを人称代名詞のsiya(シィ)にかえます。siyaは男女兼用で「彼は」または「彼女は」です。
そうするとHindi ko siya kaibigan.となります。
あら不思議、「私の友だち」の「私の」も、主語の「彼女は」も友だちの前に行ってしまいました!

最初はkoがこんなに離れて前へ行ったり、kaibiganが最後に残ったりして、意味がわかるのかなあ〜と思ったのですが、慣れですねー。最近ではhindiのあとに普通の名詞がくると「あれっ、ヘン?」と感じるようになりました。

これがごく簡単に書いた、前接語と語順の話です。
2つめの山が動詞の焦点(focus)というもので、いま頑張っているところです。
本当はそちらの話を書くつもりでしたが、時間がなくなったので、今日は第1の山場の紹介にとどめます。

焦点についてはまた次回にしますが、日本語にはない考え方で、なかなかおもしろいです(予告)!


これはビックリ!けっこう執筆進む [若者の中に一人]

さて、明日は何ヶ月ぶりかの、子どもがいない休日です。前の記事で、10月から始まった後期では一般教養科目が並んだ水曜日をムリヤリ休日にして、毎週仕事をしていると書きました。確かに必修科目はないのですが、水曜を休日にしたばっかりに、一般教養で一番興味があった「北欧事情」を選択できず、「国際教養」という区分で選べる科目が非常に限られました。

数少ない選択肢のなかから私が選んだのが「トルコ学入門」です。この科目は単位が取りにくいことで有名で、担当はトルコ語の教官(日本人)なのですが、肝心のトルコ語専攻学生が一人しか選択していないという変わった現象が起こっています。だいたいの一般教養科目はレポートor期末試験か、レポート+期末試験の場合はレポートはかなり軽めなのですが、「トルコ」はレポート+期末試験でどちらも重量級のようです。そのレポートはトルコの文化遺産を一つ選んで4000字程度でまとめるというもので、なぜかワープロ使用が認められていません。12月4日締め切り厳守!で昨年遅れた学生は「もう(授業に)来なくていいです」と言われたとか・・・。そのレポートに集中するために、明日は仕事をオフにしました。

ちなみに私が選んだのはカッパドキアの地下都市です。恥ずかしいことに、受講前の私はトルコぉ〜?・・・「飛んでイスタンブール」ってあったっけ(古い〜)、北杜夫の「怪盗ジバコ」でトプカピ宮殿とかシシカバブってあったなあ〜、バレーの木村選手がトルコのリーグへ行ったのだったっけ・・・という本当にお粗末な知識しかなかったのですが、鬼教官の講義は予想外におもしろくて、講義は!けっこう楽しんでいます。

高校で世界史を履修したものの、その膨大さに早々に挫折してしまい、ほぼ何も身についていませんので、まさにゼロからの出発です。トルコ人と結婚した高橋さんという漫画家さんの「トルコで私も考えた」などを読みながら、トルコに「はまる数歩前」という状態です。

さて問題のレポートですが、ワープロで書いてから手で写すという戦略に出ていますが、書き出すとなぜか調子に乗ってしまい現在5500字でまだ佳境に入りかけというところです。心配になって字数の上限を尋ねてみたのですが「任せます」ということで、上回る分には寛容なようで(本当か?)、明日はワープロで一通り仕上げることを目標としています。

子どもがいるのは楽しいのですが、やはりまだ小学生。遊び相手にされてしまい、芯から休んだ気がしません。というわけで、本当〜〜に久々の「何もない一日」(トルコのレポートや外出する雑用はあるのですが)を控えて、気分がハイになっております。そこでブログの更新をば・・・。

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取りあえず、元気にやっています [若者の中に一人]

フィリピン語前期のテストが全部終わってから・・・と思っていたら、更新がこんなに遅れてしまいました。大学は夏休みを境にして前期と後期(セメスターとか言いますが)になっています。一般教養科目は学期で完結、英語は教官は同じ方ですが成績は前期と後期でわかれます。それに対して、今の専門であるフィリピン語は通年科目となっていて、1年間終わってから成績がつきます。そこで、「夏休み前に試験をすると、休み中に知識が抜けてしまうから」というしごくもっともな?理由により、教官4人のうち3人が10月の試験でした。

そのうち最ベテランの教授で一番難しいという評判の試験が、教授多忙のためじりじりと延びて先週火曜日にようやく実施されました。今日、答案がもどってきて見直してみると、フィリピン語訳の問題が「彼らはこのことを知らないみたいだ」「彼女はここにいない」「この部屋はなんと清潔だろう」「健太が泥棒である可能性がある」「それらの本は誰のところにあるの」「彼はキムタクほどイケメンではない」(?!)などで、冷静に読むと小学校低学年みたいな文ばかりで、「あんなに悪戦苦闘したのに子どもの文だあ〜」と何かおかしくなってしまいました(^o^)。まだ始めて半年の初学者ですから当然ですけどね〜。

ちなみに単語50個、上のようなフィリピン語訳50文、正誤(と言っても結局全部間違っていたので訂正問題)10題、その他10題弱、100字程度の自由作文というなかなかのボリュームでした。成績は・・・ケアレスミスや「ここまで出かかっているのに」というのはいくつかありましたが、全体で8割強と高齢学生としてはまずまずでしょうか(採点をかなり甘くしてくださったからですが)。

これでちょっと肩の荷を下ろした感があります。とはいえ、「後期は科目数が減ってラクになる」ということを心の支えにして前期頑張ってきた私としては、「あれっ、ラクになってない!」というのがここまでの実感です。確かに履修科目数は15科目から10科目へと3分の2になったのですが、フィリピン語5コマを始め、ややこしいのはしっかりと残っていて、毎週の小テストの数も5個と変わらず。減ったのは一般教養の比較的ゆるい科目でした〜。

しかも「お金がない!」ために、必修科目がない水曜日をムリヤリ休日にして仕事に出たり、半日で終わる日の午後にスイミングスクール通いを復活したり、かえって忙しくなっているのかもしれません。まあ、ブロガー友だちのtamaraさんと同じく最近のニュースを見聞きするのが辛い私としては、時間がないくらいの方が気が紛れて良い面もあるようです。

学びたくて入学した高齢学生の常として??勉強が楽しいというか、苦しいけれどもっとしたいといつも思っているので、最近はブログを書く時間があったら勉強したいという気持ちになっていることも確かです。子持ちで仕事も時々しているために、勉強に充てられる時間帯が限られているからかもしれません。

そんなわけで、後期にどれだけ更新できるかわかりませんが、取りあえず元気にやっているというご報告をしておきますね。

レポート終わったぁ〜、夏休みだー [若者の中に一人]

さっき、今学期最後のレポート(震災の知・復興の知)を送信しました。
前記事で書いたノルマ、ようやく終わりました!
もともと私はギリギリ人間で、何事も追い詰められなければ着手しない方なのですが、今回は13日締め切りで7日終わりなので、6日残すことができました。(もっとも情報の課題ホームページがやや手抜きで、9日締め切りなので、まだ編集することができますが、もう気が抜けたわ〜。どうしようかな?)。

なぜ私にしては早くできたかというと、第一はやはり家族への配慮です。子どもは先月22日から夏休みで、普段寮生活でせっかく家にいるのに、私はピリピリムード。かわいそうで、申し訳なくて(まあ、平日昼は児童クラブ行ってるし、子ども自身はあまり気にしていない感はありますが)・・・。8月14日から9月末まで私はほぼフルタイムワーカーになるので、それまでにせめて数日でもオフの日を作りたかったのです♩先日ちらっと「どこか行きたいところある?」って聞いたら、犬山のリトルワールドとか言ってました。と、とおいんですけどぉ〜。しかもいままで数回行っているし(^^;)。今日帰ってきたら、もう一度聞いてみることにします。

二番目には体力への不安ですね。30代までは「いざとなったら徹夜してやろうじゃないか〜」と強気だったのですが、いまはもう無理です。就寝が午前2時を過ぎると翌日何ともだるいという身体になってしまいました。ので、入学後から「できることは先取り、先取り」という癖が少しずつついてきているようです。若いころからそういう性格だったら人生変わっていたかもしれませんね(笑)。

さて、学期中にはブログに書く時間がなかった、なぜいま大学?外語?という話や1学期通学してみての感想などを書きたいのですが、いまは放心状態です。ちょっと落ち着いてからにしますね。

いざ夏休みになってみると、何から手をつけたらいいのかわからない状態です。家はゴミ箱のようなので片付けや掃除もしなくてはならないけど家事は苦手なので後回しになりそうです。予想以上にフィリピン語にはまってしまった私はtitser2人に頼んでフィリピン語の絵本を10冊くらい借りてしまいました。それを読みたいです(もちろん辞書を引きながら)。

ところで辞書といえば、いまうちの教授がフィリピンー日本語の辞書を編纂中なのですが、フィリピン(≒タガログ)語の辞書はなんと、英ーフィリピン、フィリピンー英なのです。ネイティブtitser2人の講義も英語とフィリピン語だし(一人は日本語ペラペラなのですが)。そんなに英語が通じるフィリピンですが、国会でも英、フィリピン語半々だそうです。本音や感情をこめる時にはやはりフィリピン語になるとのことです。そうじゃないと、勉強する士気が上がりませんよね。

外国語学部なのに英語、特にリスニングとスピーキングが極端に弱い私は、やはりもうちょっとリスニングの練習をしようかな〜とも思います。それから、入学後に激減した普通の読書もたくさんしたいです。いちおう趣味がスイミングなので、プールも行きたいなあ。

普通の学生さんのように旅行(海外含む)や派出な遊びはできませんが、このワクワク感は現役のころとあまり変わりません(あぁ〜進歩がない)。

ともあれ一段落で、2学期の履修科目を考えている、気が早いヤツです。



夏休み開始までのカウントダウン! [若者の中に一人]

家族のしろ〜い視線に耐えながら、まだまだ勉学の日々は続いています。今日、フィリピン語の大テストが終わってほっとしていますが、まだすることは山積み。
自分を励ますために、これがぜーんぶ終われば夏休み!という課題や試験を書き出して、カウントダウンすることにしました。
15分くらいでできるのから、2〜3日かかりそうなのまで、硬軟いろいろ取り混ぜました。最後の3つが大ものかな。

1.震災の知ミニコメント(7/23、8/6日分)
2.現代社会ミニコメント(7/25分)
3.日本語テスト
4.スウェーデン語小テスト(7/27、8/3)
5.基礎セミナーミニレポート
6.フィリピン語(2)小テスト
7.英語1テスト
8.英語2web課題
9.英語2語彙ノート完成
10.情報基礎課題(簡単なホームページ作成)
11.現代社会レポート(科学技術と社会:2400字以上)
12.震災の知・復興の知レポート(2000字以上)

前大学では理系で教養科目はほとんどテスト一発勝負でした。思えば理系は実験レポートかケースレポートである意味、取り組みやすかったなあ〜(遠い目)。文系レポートは東南アジアについて3800字のを先日仕上げたのが、初めての体験です。

さあ、これを1つずつ消していって、夏休みゲットです!ちなみに最後のレポート締め切りが13日、仕事は14日からの予定です。

きのくにが取り上げられた本が出ます! [きのくに]

自分の大学生活について書こうとして始めたのですが、やっぱりきのくにネタは出てきてしまいます(笑)。

岩波の「世界」の今年2、3月号(だったかな)に連載されたルポが載った単行本が出ます。著者は瀬川正仁さんという方で数週間にわたって丹念に取材され、力の入ったルポになっています。「教育のチカラ」という連載の1つとして取り上げられ、きのくにのあとは確か刑務所内の中学校だったと記憶しています。いろいろなカタチの教育が載っています。

きのくにに関しては、良いところばかりでなく、著者の率直な感想、懸念もしっかり書かれていて、読み応えがありました。

「教育の豊かさ 学校のチカラ —分かち合いの教室へ—」瀬川正仁著(岩波書店)1700円

興味のある方は是非ごらんください♩

私はいよいよ今週から試験週間で、その後に着手する予定のレポートも2つ抱えていて、勝負どころを迎えています。昔の大学は7月10日からしっかり夏休みだったのに、いまや子どもに先を越されてしまいました(涙)。いま、子どもは友達に招かれてお泊まり中ですが、帰ってきて学童のお弁当作り、子どもの相手もしながら試験週間をどう乗り切るか・・・頭が痛いです(>_<)

そうか!こうすればブログが書ける [若者の中に一人]

相変わらず、いろいろなことに追われまくっています。「ブログを書く時間なんて全然ないよ〜」と思っていたのですが、実はそれなりに日々、文章は書いています。最近の大学はかなり出席に厳しく(これはカルチャーショックです〜)、取り方もなかなか工夫されていて、ダイレクトに名前を呼ぶ授業はむしろ少なく、授業内容についてコメントを求めたり、ディスカッションシートを提出したり・・・とかなりバラエティーに富んでいます。

そんな授業の一つに一般教養の「震災の知・復興の知」というのがあります。文字通り、東北大震災を地質学、原発、ボランティア、経済学などなど、いろいろな角度から検討するもので、毎週、専門教官が来るいわゆるオムニバス授業です。これも一回授業があるたびに、ネットで300字以上のコメントを書かなくてはなりません(あと、2000字以上の期末レポートあり)。

もう学期も後半なので復興編に入っていて、前回は「科学技術に関する専門家と市民の対話」というタイトルで、国家など大きな集団が意思決定する時、構成員がきちんと判断すること、そしてそれを政策に反映するのがいかに難しいか〜などを、主に原発を例に取って聞かせてもらいました。

詳しい内容を書く時間がないので、それに対して私が今晩書いたコメントを貼っておきます。日々、こうした大小の課題やレポートに悩まされているのですが、「それをそのまま載せれば記事になるやん」と、夏休み前に気づくこの遅さ・・・。もっと早くすれば良かった!

では、コメントです。

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今回の授業では、国家や自治体という大きな集団としての意思決定の場面で、どのような操作が可能でバイアスがかかりやすいか、心理学的視点を含めて説明していただき、とても興味深かった。いろいろな調査方法があるが、どれも一長一短で、国民の意識を知る確実な方法とは言い切れない。しかし、政治家や利害関係者だけには任せておけない。専門家の意見はかなり参考になるだろうが、やはり最終決定するのは国民でありたい。

一つの提案として、私は小学校から高校までの初等〜中等教育の間に、「この社会にとって何が大切な問題なのか」「それについてどういう意見があるのか」という知識をしっかりと示し、それに対して各自が子どもなりの考え方を持ちながら、成長とともに意見が広く深くなっていくような、教育方法を取ることを考える。

例えば、スウェーデンの社会科の教科書の翻訳を見たことがあるが、「あなたが○歳になるとできること(権利)」から始まり、社会的問題がとてもうまく提示されていた。もちろん日本なりのやり方を工夫するべきだが、与えられる知識を覚えて使うだけになりがちな教育では、将来起こってくるさまざまな問題に対して、ムードや多数派に左右されないしっかりした意見を持つ大人になることは難しいと思う。大学でこのような授業があることはとても良いが、本当はもっと小さいころから考える習慣をつけなくてはならないと思う。

職につくと日々の生活に追われ、さまざまな利害関係も生じてくるため、大人になってから「初めて」広い視野で物事を考えるのはほぼ不可能だと感じている。

言葉っておもしろい!かな? [1年生のとき]

フィリピン語のことについては、書きたいことがたくさんあるのですが、週に5コマもあって、事態がドンドン変化するので、ついていくので精一杯でなかなか記事にできません。

今週のフィリピン語はえ〜と、ロングの中間テスト(1時間半、250問くらい)と小テストが3個ありました。どうこう言っても語学は積み重ねですので、まあ仕方ないでしょうね。それにこの年齢ですから、こと私にとっては細かくテストしてもらう方が助かるのかもしれません。一度で覚えきる記憶力、完徹で一夜漬けする体力、どちらにももう自信がありません。

そういう状況ですが、「なるほど、そうだったのか」と「おもしろいなあ〜」ということがありましたので書いてみます。

専攻は日本語ですが、専門の日本語が始まるのは、なんと3年生になってからで、それまではほぼフィリピン語専攻です。なお、日本語専攻は日本語母語者30人、留学生10人からなり、1年、2年生ではその留学生のための日本語があります。でも、留学生たちがすごい!日本語検定1級とやらが受験資格だそうで、みんなもうペラペラのスラスラ。理論的裏づけができているので、半端な日本語話者よりずっと体系的に理解しています。日本人学生こそ、1年からみっちり日本語した方がいいかも・・・。

それはさておき、それではさすがにモチベーションが下がるだろうということで、ある教官は留学生用の講義を日本人学生にも開放して、出席するように勧めています。それと、教養科目でいくつか日本語科目があるので、私は「教養としての日本語」という主任教授の授業をとっています。

先日のその授業でのこと。「日本語にも英語にも動詞の未来形がない」という話をされました。例えば「行く」だったら、この基本形(無標の形態、非過去形)で現在の習慣も未来のことも表し、助動詞をつけて「行った」(有標の形態、過去形)で過去を示しますね。

いままで私は恥ずかしながらそういうことを考えたことがなかったので、「なるほど〜」と感心しました。いえ、ちょっと正確に言えば、受験勉強時に、昔の試験ではほとんど出題されなかったのに、最近の試験でのウエイトの重さに驚いた英作文で、あわてて読んだ参考書にそのようなことを書いてあったことをちらっと思い出しましたが・・・。

「あれっ」と驚いたのは、その時ちょうどフィリピン語で動詞の活用に入ったところだったからです。フィリピン語の動詞には未来形(未然相といいますが)があります!

フィリピン語の動詞は語根(root word)、不定相(standard)、完了相(past)、未完了相(present)、未然相(future)からなり、いろいろな活用の仕方があるようですが、これまでに習ったのは例えば、「食べる」だったら、上の語根からkain(イン)、kumain(クイン)、kumain(クイン)、kumakain(クマイン)、kakain(カイン)のように語根にumが加わるタイプと、「働く」のように語根からtrabaho(トラホ)、magtrabaho(マグトラホ)、nagtrabaho(ナグトラホ)、nagtatrabaho(ナグタトラホ)、magtatrabaho(マグタトラホ)と接頭詞magをつけるものがあります。

いずれにしてもkakainやmagtatrabahoは未来のことを表し、宿題でも「夏休みにしたいことを未然形を使って5文作ってきなさい」なんていうのが出て、何気なく使っていたのです。何も不思議に思わず・・・です。

そうか!日本語や英語にはない動詞の未来形がフィリピン語にはしっかりあるのだー。「だからどうした」と思われるかもしれませんが、日々語学をやっていると、何だかとてもおもしろいことを発見?!したように感じてちょっと感動してしまうのでした。

言葉っていろいろ違っていておもしろいなあ〜と思った、初心者のつぶやきでした。


もっと活躍していただきたかった・・・日隅一雄さん死去 [世の中]

今朝、ネットのニュースに目を通すと、弁護士・ジャーナリストの日隅一雄さん死去の報がありました。数年前から日隅さんのブログの読者でした。日隅さんの関心の広さと示される膨大なデータになかなかついて行けず、難しい記事はあまり理解できず、2年ほど前に買った「マスコミはなぜ「マスゴミ」と呼ばれのるか」もまだ開いていない不良読者でしたが、民主主義を大切にされ、それを守るために日夜奮闘されていることはひしひしと伝わってきました。

闘病中もブログ、ネット、書籍からの発信を続けられ、ご自身の病状についても希望とユーモアは失わないながらも冷徹に綴っておられました。健康でさえあればこれから10年、20年、定年のないお仕事ですのでそれ以上活躍されたはずなのに・・・と思うと、残念でなりません。

太く短く生き抜かれた人生だったことでしょう。
ブログからの最後の言葉「平和も原発も、長期プランなしに臨んでは、破綻する」を噛みしめています。残った私たちがそれぞれの立場で考え行動しなくてはならないと思います。夏休みには「検証 福島原発事故記者会見」を読み込もうと決心しました。

ご冥福をお祈りします。

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